物性物理とは?創発性とは?


 P. W. Anderson(1923-)

https://en.wikipedia.org/wiki/Philip_Warren_Anderson

の記念碑的論文: 

“More is different” (Science, 1972)[1]

を機に物性物理学と創発性,あるいは創発的特性(emergent property)ということが,しばしば関係付けて語られるようになりました.そういう意味で,本研究拠点の名称:「創発的物性物理研究拠点」という言葉は少し重複的(redundant)に聞こえるかもしれません.

 物性物理学は物質の示す性質を微視的な視点から解明する分野です.構成要素が同じでも,多数の原子からなる巨視的な物質の示す性質は一般に非常に異なっていることがあり得ます(More is different).例えば,同じ炭素原子から構成されるダイヤモンドとグラファイトは,結晶構造の違いにより全く異なる光学的・力学的性質に加えて,伝導特性を示します.これらは「創発的」性質です.

 創発的特性のうち,電子間に働くクーロン相互作用Uによるものがしばしばクローズアップされます.強相関電子系と呼ばれる系です.例えば,鉄やニッケル等が示す磁石の性質(=磁性)はこのような機構によるものです.磁性を示す系(=磁性体)においては,磁気的な秩序の形成により回転対称性が破れています.一方,超伝導は巨視的な数の電子がペアになって凝縮する現象(condensed matter)ですが,この場合にはゲージ対称性という光や電磁気に関係する対称性が破れます.これらは創発的機構による「対称性の破れ」と理解されます.狭義の創発的特性はしばしば,このような意味での秩序形成を指しますが,強相関電子系は本研究拠点においても最も重要な研究テーマのひとつです.

  対称性の破れを伴わない創発的特性もあります[2].2016年度のノーベル物理学賞は,物性物理学にトポロジーという新しい視点を導入した3人の研究者に贈られました[3].量子ホール効果やトポロジカル絶縁体はこのような新しいタイプの創発的特性で,波動関数ψの量子位相に起因した非自明なトポロジーに関係しています.一方,物性物理の主たる演じ手である電子(たち)は,舞台である結晶中で周期的なポテンシャルを感じながら運動します.群論により結晶構造は230の空間群に分類されますが,例えば非自明なトポロジーが特定のタイプの結晶構造と結び付いた時,新しいタイプの創発的特性が発現します[4].広島大学の誇る放射光を用いた精密電子構造解析・結晶構造解析は,このような新しいタイプの創発性を検出するのに好適です.

  ちなみに,本拠点のロゴには拠点活動の2大テーマを特徴付けるクーロン相互作用Uと量子位相に関連した波動関数の複素振幅ψの2文字があしらわれています.中央の四重極のモチーフ(二重の8の字型)は非自明な秩序の探索を象徴し,それを取り囲む六角形の原子配置は結晶構造が物性物理の屋台骨であるとともに,新奇性創造の舞台でもあることを想起させます.

 本拠点は,世界トップクラスの研究拠点として,広島大学の誇る新物質創製,最先端の計測技術と理論解析により新しい物質の機能性を微視的視点から解明し,昨今のエネルギーや環境問題にも寄与することを目指します.

[1] Anderson, Science 1972: http://science.sciencemag.org/content/177/4047/393 

[2]  X.-G. Wen, "Quantum Field Theory of Many-body Systems: From the Origin of Sound to an Origin of Light and Electrons", Oxford Univ. Pr., 2007.

[3] 2016年度ノーベル物理学賞: https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2016/ 

[4] Bradlyn et al., Science 2016: http://science.sciencemag.org/content/353/6299/aaf5037/